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なぜDXは止まるのか③:「紙でも回っている」は本当に安全か――担当者依存が限界を迎える瞬間
2026.08.31
なぜDXは止まるのか③:「紙でも回っている」は本当に安全か――担当者依存が限界を迎える瞬間
トピック・コラム

前回は、DXを止める「例外運用」についてお話ししました。一つひとつは小さな判断でも、積み重なれば組織は規程ではなく人の裁量で動くようになる、という内容です。
読んでいただいた方の中には、「たしかに例外はある。ただ、それでも業務は回っている」と感じた方もいるのではないでしょうか。
実際、多くの公益法人では、毎日きちんと決裁が回り、期日どおりに書類が整っています。それは現場の努力の結果であり、否定されるべきものではありません。
今回考えたいのは、その「回っている」の中身です。分解してみると、性質のまったく違う二つのものが含まれています。
目次
- 1. 決裁は止まりません。止まるのは、その手前です
- 2. 紙に残るのは、結果だけです
- 3. 限界は、引き継ぎの日に露出します
- 4. もう一つ、触れておきたいことがあります。
- 5. おわりに
- 6. オススメ関連ブログ
1. 決裁は止まりません。止まるのは、その手前です
まず、よくある誤解を整理させてください。
「担当者依存」という言葉から、決裁が滞る場面を思い浮かべる方がいるかもしれません。しかし決裁そのものは、担当者一人に依存しません。
決裁の順番は規程に定められています。次に誰へ回すかを判断するのは、申請者と各承認者です。ですから経理の担当者が一人不在になっても、決裁の流れ自体は動き続けます。
止まるのは、その手前です。回すべき起案を、誰も作れなくなるのです。
たとえば、こうした判断があります。
・ この支出を、どの科目に立てるか
・ どの事業区分に紐づけるか
・ どの補助金・助成金の対象として処理するか
・ 複数の事業にまたがる共通費を、どう按分するか
これらは、規程には書かれていません。過去の処理の積み重ねと、担当者の判断によって決まっています。
2. 紙に残るのは、結果だけです
では、その判断はどこに記録されているのでしょうか。
伝票は残ります。決裁印も、押された順番のまま残ります。ファイルを開けば、いつ・誰が・いくらの支出を承認したかは分かります。
しかし、「なぜこの科目を選んだのか」という理由は、どこにも残っていません。
前回、システムの外側に担当者だけが把握している管理表が存在するケースをご紹介しました。按分前の予算残高を、個人のExcelで別管理している、といった状況です。同じことが、紙の書類でも起きています。
誤解のないように申し添えますが、紙が悪いわけではありません。紙は結果を記録するための媒体であり、そもそも判断の理由を書き込む場所を持っていないだけです。
そして理由が記録されていない状態は、担当者が在籍している限り、何の問題も起こしません。尋ねれば、答えが返ってくるからです。
3. 限界は、引き継ぎの日に露出します
この状態が表面化するのは、人が入れ替わるときです。退職、異動、あるいは長期の休職。きっかけは組織によってさまざまでしょう。
ここで、二つの状態の違いがはっきりします。
引き継ぎができる状態とは、手順が書かれている状態です。引き継ぎができない状態とは、判断基準が書かれていない状態です。
手順書があれば、後任者は前任者と同じ処理を再現できます。しかし判断基準がなければ、なぜその処理なのかは分かりません。後任者は前例を踏襲するしかなく、それが適切な対応なのか、見直すべき慣習なのかを、誰も判断できなくなります。
公益法人にとって、これは業務の非効率では済みません。
所轄庁の立入検査や監事監査の場面を想像してみてください。「この支出が公益目的事業に該当する根拠は何か」と問われたとき、答えられるでしょうか。公益目的事業比率や収支相償の判定は、こうした一件ずつの区分の積み重ねで成り立っています。
書類は残っている。証跡もそろっている。それなのに、説明ができない。公益法人にとって最も重いのは、この状態です。
「あの人がいるから回っている」は、褒め言葉ではありません
4. もう一つ、触れておきたいことがあります。
担当者依存は、多くの場合、組織のなかで肯定的に語られています。「あの人がいるから経理は安心だ」「長年やってくれているから間違いがない」。実際、その方は有能で、献身的なのだと思います。
ただ、その評価は個人の能力への賛辞であって、組織の状態への評価ではありません。有能な担当者がいることと、組織として説明できることは、別のものです。
ここで実務上のポイントを整理します。
Do:直近1か月の処理を振り返り、規程やマニュアルに書かれていない判断をいくつ行ったか数える。書き出せない判断があれば、そこが属人化している箇所です
Don't:担当者の献身を組織の強みと呼び、点検そのものを先送りする
「明日いなくなっても回るか」と問いかけても、答えは出てきません。数えられる形にすることが、点検の第一歩です。
5. おわりに
「今は回っている」という感覚は、正しい観測です。実際に回っているのですから。
問題は、その状態が何によって支えられているかを確かめないまま、時間が過ぎていくことです。手順が支えているのか、特定の誰かの判断が支えているのか。この二つは、外から見ただけでは区別がつきません。
一度、直近の処理を振り返ってみてください。規程やマニュアルに書かれていない判断が、どれだけ含まれていたでしょうか。
もし多く見つかったとしても、慌てて全部を書き出す必要はありません。むしろ、一度に変えようとすることのほうが、現場を止めてしまいます。
次回は、「全部変えようとするから、現場が止まる」――公益法人のDXが失敗する順番について扱います。







