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公益法人制度改革:最新議論と未来への展望
「研究会」だより
◆「研究会」とは?
ソフトウェア業界の最新の動向や技術に関すること、公益法人をはじめとする非営利分野の会計を含む制度に関する調査、研究を行い、ソフトウェア開発に活かすために満喜株式会社内に設けた組織です。
今後、『「研究会」便り』では弊社のソフトウェアに関すること、制度に関することなど、私見が入ることもあるかと思いますが、情報発信していきます。
目次
- 1. はじめに:新時代の公益法人会計制度への移行
- 2. 制度の背景と目的
- 3. 現行基準との主な相違点
- 4. これらの変更がもたらす影響と実務上の課題
- 5. 理論的背景と国際基準との比較
- 6. 実務的な適用例と想定される課題
- 7. 公益法人会計の未来:デジタル化と国際調和
- 8. 実務者へのアクションプランと監査人が留意すべき点
- 9. おわりに
1. はじめに:新時代の公益法人会計制度への移行
2025年(令和7年)度より施行が予定されている新たな公益法人会計制度および公益法人会計基準は、非営利セクターにとって一つの大きな転換点となる見込みです。これまでの制度では、主に公益法人特有の活動実態に合わせた財務諸表の作成・開示が求められてきましたが、新制度はより透明性、公正性、国際的な整合性を重視する方向へと舵を切ろうとしています。本記事では、この新基準の背景、変更点、および実務的なインプリケーションを深く掘り下げ、これからの公益法人会計の在り方を展望します。
2. 制度の背景と目的
日本の公益法人制度は、公益性と非営利性を両立し、社会貢献を担う組織として多くの期待が寄せられてきました。そのため、財務情報の適正な開示とガバナンスは常に求められる課題でした。令和7年度から施行される改正は、これまでの会計基準を再整理・再評価し、下記のような目的を持つと考えられます。
1.透明性・信頼性の向上 : より厳格な開示項目の整理や評価基準の明確化によって、利用者が財務情報を適切に理解できるようにする。
2.国際的基準との整合性強化 : IFRS(国際財務報告基準)や国際的な非営利組織会計のガイドライン等との比較可能性を高め、海外からの評価やガバナンス要求にも対応。
3.実務負担の最適化 : 無用な複雑性は排除しつつ、公益法人の特性を的確に反映した、効率的な報告フレームワークを確立。
これらの観点は、社会的要求の高まりや国際的な財務報告動向への対応を背景としたものであり、公益法人が「内部統制強化」と「対外的説明責任の強化」を同時に図る上で避けて通れない道といえます。
3. 現行基準との主な相違点
新基準を理解するには、現行との比較が不可欠です。以下に主な変更点を整理します。
1.財務諸表体系の見直し :
従来、公益法人会計では特有の項目区分や勘定科目が用いられてきましたが、新制度では「貸借対照表」「正味財産増減計算書」といった基本的な財務諸表体系の再定義や名称変更が議論されています。これにより、ステークホルダーは財政状態や活動成果をより直観的に把握できるようになります。
2.注記情報の充実 :
補助金・助成金等の収受とその受託責任に基づく注記開示の強化が求められます。特に非営利特有の取引に関する透明性が高まり、外部利用者は組織の資源フローをより適切に理解しやすくなります。
3.正味財産区分の再検討 :
一部では、正味財産(純資産)の区分について、制限付き・制限なしといった国際的な非営利組織会計基準に近い形式への移行が模索されています。これにより、資金の使用目的や制約状況を明瞭化し、組織の財政運営方針と実際の資金フローの整合性をより明確に示すことが可能となります。
4.評価基準・測定手法の見直し :
有価証券や不動産などの保有資産の評価基準が、時価主義や公正価値評価への接近によって再検討されることが想定されます。これにより、財務諸表はより経済的実態を反映し、資産運用戦略やリスクマネジメントに対する外部の理解が深まると考えられます。
4. これらの変更がもたらす影響と実務上の課題
財務的影響 :
より厳格な開示要求や評価手法の変更は、一部の公益法人にとっては財務諸表上の数値変動をもたらします。特に、寄付財産や有価証券の時価評価は純資産水準やその計算構造を変え、外部評価や内部管理指標の再構築を求める可能性があります。
運用上の影響 :
新基準への適用には、会計システムのアップデート、職員の教育・研修、内部統制の見直しが必要です。また、監査対応や第三者評価を受ける公益法人にとっては、監査人との対話や事前調整のプロセスが複雑化することも想定されます。
5. 理論的背景と国際基準との比較
今回の改正には、非営利会計理論上の趨勢が反映されています。海外の非営利組織会計基準(米国FASBによるASC 958、英国のCharities SORPなど)やIFRSで求められる「原則ベース」の思考が含まれ、日本の公益法人会計にも「経済的実態を重視する」考え方がより浸透するでしょう。
たとえば、IFRSでは公正価値評価や包括利益の概念が一般的ですが、公益法人会計においてもこれらの考え方が取り入れられることで、財政状態と事業成果の一体的理解が進みます。これにより、国際的な助成機関や海外からの資金流入先としての信頼性も高まる可能性があります。
6. 実務的な適用例と想定される課題
適用例1 : 寄付金の会計処理
これまで、一般寄付と特定目的寄付の区分は必ずしも明確でなかったケースが散見されました。新基準では、使途の制約の有無とそれに応じた資金の増減管理がより厳格化されるため、管理部門は受領時点で明確な制約区分を行い、事業報告と財務報告を同期させる必要があります。
適用例2 : 資産評価と減損テスト
有価証券や保有不動産について、時価評価を求められるケースが増える可能性があります。その際には、公正価値測定のためのマーケットデータ取得、評価モデルの選定、評価専門家への依頼など、追加的なコストと手間が生じます。
想定される課題 :
⚫️ 新たな会計方針を導入するための内部規程改正
⚫️ 新基準対応の会計ソフトウェア導入やシステム改修
⚫️ 経理・会計担当者、理事・監事への研修や理解促進
⚫️ 監査人や税理士とのコミュニケーション強化
7. 公益法人会計の未来:デジタル化と国際調和
今回の改正はゴールではなく、新しいステージへの入り口と考えるべきです。将来的には、XBRL(eXtensible Business Reporting Language)を活用した財務情報のデジタル開示、ブロックチェーン技術を応用した寄付履歴の追跡、そして国際NPO会計基準とのさらなる整合を図る動きが進むでしょう。
これらは、公益法人が国内外のステークホルダーに対して「説明責任」「透明性」「即時性」をより強固にアピールできる手段となり、社会課題解決に向けた「グローバルな資金・情報循環モデル」の構築を後押しします。
8. 実務者へのアクションプランと監査人が留意すべき点
実務者が準備すべき手順 :
1.内部規程の見直し : 新基準に即した会計方針や評価方法、注記事項の標準化を進める。
2.システム対応 : 会計ソフトウェアのアップデート、データ処理プロセスの自動化・効率化を検討する。
3.人材育成 : 会計担当者だけでなく、理事、監事、事業部門責任者にも新基準の意義と運用方法を周知し、組織全体で理解を深める。
監査人が留意すべきポイント :
1.評価手法の検証 : 新基準に則った資産・負債評価が適正か、公正価値測定や減損判断が合理的かを精査する。
2.内部統制の強化評価 : 組織が新基準に対応するための内部統制整備、リスク管理策を適切に講じているかを点検する。
3.説明責任と対話 : 被監査法人とのコミュニケーションを強化し、早期段階で開示計画や評価方針について意見交換を行い、監査リスクを低減する。
9. おわりに
2025年施行の新たな公益法人会計制度・会計基準は、透明性・国際比較可能性・説明責任を強化する方向へ大きく舵を切ります。これは、一部の公益法人にとっては負担増となるかもしれませんが、同時に公益法人が社会的信用を高め、国際的な資金・情報循環の一翼を担うための絶好の機会とも言えます。また、財務諸表と行政への報告が一体となった他国に類を見ない試みでもあります。これらを実現するとともに、一部の関係者の利便性だけを高める結果で終わらないよう、公益法人制度及び会計基準は常に見直しが必要となります。チャリティ委員会を社会や議会がチェックするイギリスとは異なり、公益認定等委員会自体をチェックする仕組みが日本には存在しません。そのような仕組みの構築も必要ですが、「社会的課題解決のため」「公益増進のため」という立法趣旨に沿った制度、それを損なうことのない公益法人会計基準の確立が必要です。そのために公益法人に関わるすべての人が知恵を出し合い創りあげていかなければなりません。
まずは、今回の改正に向けた的確な準備、理論的背景の理解、そして実務上の創意工夫が、これからの公益法人にとって不可欠な要素となるでしょう。
深呼吸をして、公益法人会計の未来を見据え、準備と対応の歩を進めていきましょう。